
インターネット・テレビ局Japan Broadcasting Systemが教育・研究活動にもたらす意義
慶応義塾大学 環境情報学部 教授
慶応義塾大学 大学院政策メディア研究科 委員
鈴木佑治(Ph.D.)
この度、日本発のインターネット・テレビ局Japan Broadcasting Systemが開局すると聞き、インターネット・テレビ局が教育・研究の現場に与える意義について、個人的経験をもとに一言述べさせていただきます。
私が籍を置く慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(以後SFC)が発足した1990年は、世界の歴史にとって大変な年でした。それまで冷戦の続いていたヨーロッパではベルリンの壁が撤去されるなど東西の融合が急速に進んでいました。その暮れにはイラクによるクエートの侵攻が始まり、年が明けた1991年にはアメリカを中心とする多国籍軍がイラクに侵攻し湾岸戦争が勃発しました。この様子は日本の新聞や報道各局も伝えていましたが、CNNやBBCなどと比べると、とても対抗できるものではありませんでした。どうしてこのような放送局が日本に存在しないのか多くの日本人が疑問を抱きました。私もそのうちの1人でした。
「問題の発見・解決」を謳うSFCでは、文献を読むだけではなく様々な手段を使い幅広く情報を集めることがキーとなります。CNNは世界で起きている出来事を素早く伝えますが、欧米の視点による情報であることは否めません。1991年の湾岸戦争で多額の資金を提供したにもかかわらず日本は欧米諸国の批判の対象になりました。世界に向けて日本の立場を説明できる発信の術を持たない日本は、国内向けの放送では活発な議論をしていながら外にはまったく伝わっていませんでした。米国の各地ではジャパン・バッシングの嵐が吹き荒れ、1991年に米国の西海岸を訪ねた時には、第二次大戦中に日系人が味わった差別に近いものを感じました。日本は独自に情報を収集し自らの意見を発信する強力な術がない、1990年に入学した一期生の学生諸君と共に痛感しました。このことが、私の担当する授業の学生諸君が最初に抱いた問題の発見でした。同時にその解決は何か問うたのです。
SFCは開設当初から最先端のIT環境を整えました。紙を媒体にしたオールド・メディアではなく最先端のITを駆使したメディアの上で世界はどのように変革していくのか考えさせられました。まず、私のようにITの門外漢でも、インターネットを通して瞬時に世界中の情報を得ることが出来、また情報を発信することができることに驚きました。1991年のことです。私の担当する言語論および英語プロジェクトの学生諸君が世界中にメールを送り交信をし始めました。時間と経費と労力をかけ文通を通して意見を交換していたそれまでと違い、瞬時に多量に安価に意見を交換できることを体感しました。1993年頃になると今でいうWebページの前身であるMOSAICが出現し学生諸君が授業のサイトを作ってくれました。まもなくインターネットによるテレビ会議の技術が出現すると、これまた学生諸君が早速実験をして1996年にはアメリカの大学とビデオ・カンファランスをして共同プロジェクトをし始めました。自分たちの考えをインターネットで直接配信できるようになったのです。個人が情報を自由に発信し受信する基地を持つことを可能にする時代が到来したことを実感しました。教育の現場を発信基地にして、世界に向けて情報を発信する、物理的に閉ざされていた教室の空間がグローバルに広がりました。
これまで日本の大学は欧米の著名な学者の文献を日本語に訳したものを読み理解することに終始してきました。私自身、1968年から1978年までの10年間を米国留学に費やしたのも、米国の学者のレベルの高さに圧倒され多くのことを吸収したかったからです。しかし帰国して日本の大学に赴任したものの、教えられることといったら留学中に習ったことをなぞることだけでした。翻訳学問といったらよいでしょうか、私の専門分野の言語学では巨星チョムスキーが何時どの論文で何を言ったかを正確に教えることで教育の大部分が占められていました。新しい論文が出るとすぐに買い求めて読んだものです。しかし、本が出版された段階で本場ではその内容は既にold informationで、それを読み終えるころにはobsoleteに化してしまいます。それで直に仕入れようとまた本場に留学をしたくなります。まるで江戸時代の参勤交代のように、3年に1度くらいは向こうに行かないと置いてきぼりにされるのではないかと焦りを感じていました。
そんなことをしているうちにチョムスキーらのいる米国の有名大学は、インターネットで講義を無料で配信するようになり、わざわざ留学して仕入れに行かなくとも直接講義を聞けるようになりました。日本の大学は世界中の学術情報を得るだけではなく、その先にある日本でしか得られない学術的情報を配信しなければ存在意義がなくなる時代が来るでしょう。考えて見れば戦後のアメリカの大学には世界各地から優秀な学者や留学生が集まり先端的な学問が派生しました。当時はそこに身をおかなければできなかったコラボレーションも今ではネット上で簡単にできます。世界中の大学とオンラインで共同研究をしてコラボレーションができる大学が生き残っていくのではないでしょうか。共同プロジェクトには学生を中心に研究者や大学周辺のコミュニティーが参加しそのプロセスを逐次インターネットで発信して行きます。
SFCでは早くからGlobal Campusにて授業の配信をしており、私も参加させていただき担当する全ての授業を配信しております。プロジェクト型の授業で、学生諸君に何かを読ませ、それを自分の趣味関心事から集めたデータを基に批判させています。たとえば、記号学および言語学の祖と言えるソシュールを読ませ、「現在の先端ITを駆使する君のようなSFC生であったらどのような記号論を展開したのだろうか」という命題を与えます。スポーツ、音楽、絵画、ファッション、映画、演劇、舞踏など学生は自分の趣味・興味をもとにとてもユニークな記号論を展開します。その成果をGlobal Campusに載せて世界中に配信します。現在、メルボルン大学やオックスフォード大学の大学院の学生さんや先生たちが興味を見せてくださり、面白いコラボレーションが生まれつつあります。
若い学生が発見する問題、そしてその解決法はとてもユニークです。彼らはこれからの世界を想像しそして実際に創造していきます。今では当たり前になったインターネットショッピングについても、私が担当していた1994、5年ごろの英語プロジェクトでは1年生グループがなにやら考えて発表するなど、さまざまな成果を発信してきました。とは言え残念ながら個人の発信基地といっても限界があります。こうした個人の情報がインターネット上で流れても届く範囲はどうしても限られてしまいます。この度Japan Broadcasting System が発足し、私たちのような成果を集めて世界発信する「日本初・英語による24時間放送インターネット・テレビ局サテライト・スタジオ」が創設されました。なにもかもと言うわけには行かないでしょうが、優れた成果を発信してくれると言うことで期待が集まります。
1990年にCNNやBBCを見て日本人として無力さを感じたものですが、今やインターネットの普及により世界中の個人と個人、村と村、町と町が情報を交換できるようになりました。そのインターネットの個人パワーを基盤にしたインターネットテレビ局の出現は、従来のマス・メディアに代わる次世代のグローバル・メディアとなるでしょう。それぞれの国々にこのようなメディアが出来てやがてそれらが結合してインター・メディアになると思います。その基盤は参加する個人個人のコミュニケーションのマスであり、マス・メディアがマスに向けて情報を流し続けるのとは対照的です。インターネットは個人と個人のインターラクションを基盤にしているからです。
こうした意味でJapan Broadcasting Systemの発足はとてもタイムリーであると言えます。

